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Oct.

2022

不確実な時代をいかに乗り切るか?

TEXT BY

平野 斉

「不確実な時代をいかに乗り切るか?」という問いは、近年ひときわ重みを増してきている。新型コロナウィルスが猛威を振るい、ロシアがウクライナに侵攻を開始した。
ほんの4, 5年前に、これらの出来事を現実的な脅威として視界に入れていた人がどれほどいただろうか。2022年現在の世界線を生きる我々にとって、想像上のリスクではなく、現実に立ち向かうべき問題・課題となった。国家・企業・個人あらゆるレイヤーにおいて、変化のスピードに食らいついて生き残る術を見出す努力が不可欠になっている。

こういった状況において必要なのは、ロードマップ、つまり進むべき道筋だ。「我々はどのような順路を通りどこに向かうべきか?」―本稿では、この問いへの直接的な回答ではなく、考え方・アプローチの手法の一つを示したいと考えている。

歴史に学ぶ?

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、ドイツ統一を成した「鉄血宰相」オットー・フォン・ビスマルクの言葉である。
自らの経験だけに基づく判断より、他社の経験も含めた歴史に基づく判断ができれば、よりその判断の妥当性・有効性を高めることができる。確かにそうだと思わせる説得力がある。
しかし、変動性や不確実性の高い時代には、そもそも過去と全く異なる状況に置かれうることから、過去と同様の論理が通用しないことが想定される。
例えば1918年のスペイン風邪は、「100年前のパンデミック」として現下の新型コロナとの比較から何度も回顧された。しかし、スペイン風邪と新型コロナとでは発生以降の経緯は結果的に大きく異なる。スペイン風邪は、全世界でおそらく1億人以上の人が亡くなったと推計されている。 新型コロナウィルスの累計死亡者数は、2022年5月5日現在で約627万人となっており、絶対数としては大きいものの、スペイン風邪の1割未満で推移している。
医療のデリバリに関して、1918年当時はワクチンはおろか電子顕微鏡もなく、何が原因なのか分からなかった。2020年においては、新型コロナウィルスのメカニズムの解明からワクチンの一般接種まで、およそ1年程度の期間で実現された。
その一方で社会的影響に関して言うと、スペイン風邪はさほど大きな変化をもたらすことはなかったようだ。理由として、第一次世界大戦という別の大きな歴史的イベントと並行していたことや、結核など他に重視すべき病気も多かったことが挙げられる。新型コロナがリモートワークやDX化の加速など社会のあり方に大きな変化を与えたことは、我々が実感しているところだ。

不確実な状況下において最も発生確率が高い結果を見定めようとしても、過去の経験が不足しているためにせいぜい発生しそうな結果を推定するくらいしかできない。それどころか、どんな結果が起こりえるか、その範囲すら想像できない可能性が高い。

未来を予測する?

そもそも未来を予測できれば苦労はない。そんな人がいれば、人生も企業経営も楽勝だろう。だが、通常はそのような能力を持ち合わせていない。だからこそ、確定している過去を頼りにしようともする。
新型コロナのパンデミック以降、多くの企業のリーダーたちは、見通しが立ちやすい目先のことに終始するようになった。イノベーションを犠牲にして効率性を重視し、未来よりも現在を優先するようになった。危機に見舞われれば、誰もが近視眼的になり、目の前にある危機を乗り越えることだけに集中せざるを得ない。
ある調査によると、コロナ禍で将来への投資が見送られたことによる雇用機会の損失は、数百万人規模にのぼる可能性があるそうだ。

未来の洞察

過去を鵜呑みにできず、未来を見通すこともできない。では、どのような手段があるのか? その問いに道筋を示してくれるのが、戦略的洞察(Strategic Foresight)という考え方だ。その中の有効なツールが「シナリオプランニング」だ。次項にその内容をご紹介する。

シナリオプランニング

戦略的洞察の狙いは、未来を予測することではない。 幾通りもの未来を想像できる力を養い、将来を知覚して適応する能力を高めることにある。大きな出来事が起きても、慌てずに対応できる準備をしておくこととも言える。
戦略的洞察を支援するツールはいくつかあるが、ここではシナリオプランニングを紹介する。

シナリオプランニングのステップ

  1. 未来の市場や経営環境を形成する要素を特定する

  2. それら要素がどう作用しあうかを探り、起こりうる未来をあれこれと何通りも想像する

  3. それら未来像に基づき、現状にフィードバックし戦略を策定することで、未来に何が起きようと組織が対応できるよう準備を整える


シナリオプランニングの概要は上記のとおりだが、重要なのは継続的に未来を探求するプロセスを組織に組み込み、サイクルを回すことである。

歴史と実用例

戦略的洞察の起源は、第二次世界大戦後に米国空軍が設立したシンクタンクのランド研究所に遡る。研究員のハーマン・カーンは、人類の滅亡を招きかねない核の問題に嬉々として取り組んだことから、スタンリー・キューブリック監督作品「博士の異常な愛情」の主人公のモデルになった人物でもある。
「核戦争という未曽有の不確実性に直面し、過去のアナロジーに基づく推論や論理展開が難しい時代において、不確実な未来に向けて意思決定を行う際に欠かせない判断力はどうすれば養うことができるか?」
この問いに対して、カーンはウォーゲームやシナリオプランニングといった、シミュレーションから得られる未来群を想定し対策を立てる手法を打ち出した。
カーンはその後ランド研究所を辞めハドソン研究所を設立し、シェル石油(ロイヤルダッチシェル)の経営幹部だったピエール・ワックに持論を伝授する。
シェル石油は後に、競合他社に先駆けてオイルショックの難局を乗り切ることに成功するが、その際に功を奏したのがシナリオプランニングの取り組みだったことは、ワック自身が語っている。 [Wack, 1985]

もう一つの事例は、米国沿岸警備隊での実践である。米国沿岸警備隊は、長らく難破船の救助や薬物取引の組織摘発など、いわゆる日々の業務に忙殺されていた。 そのため長期的な戦略を策定する余裕はほとんどない状態だったが、1990年代後半に「プロジェクト・ロング・ビュー」というシナリオプランニングのプロジェクトを実施することで、構成メンバー一人ひとりの意識を将来に向けることに成功した。
その結果、2003年の9.11同時多発テロ発生時の避難・人命救助に大きな功績をあげ、その後の役割拡充と組織拡大へと繋がった。

最後に

本稿の最後に、検討の補助線として、2030年において不確実性が低いこと(ほぼ確実に起こること)を以下に示す。以下に加えて、各々の領域において不確実性が高いことを織り交ぜ、いくつかのシナリオを描きシミュレーションしてみてはいかがだろうか。

2030年において不確実性が低いこと(ほぼ確実に起こること)

  • 日本の人口減少。3人に1人が65歳以上の高齢者になる

  • アジア・アフリカを中心に世界人口が増大し、都市に人口が集中する

  • 日本経済のプレゼンスが相対的に低下し、中国・インドなどアジアの経済成長により世界経済の重心がシフトする

  • AI・ビッグデータ、自動運転、ロボット等テクノロジーが進展し浸透する

  • 資源危機リスク・食糧危機リスク・自然災害リスクなど、地球規模の環境リスクが増大する


機会があれば、シナリオプランニングに関するより深い情報や実践についても紹介していきたいと考えている。もしご興味があれば、こちら(https://www.digital-connect.co.jp/contact) までご連絡いただきたい。


・引用文献
WackPierre. (1985). Scenarios: Uncharted Waters Ahead.
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